(1)発祥
1982年7月、時の林野庁長官、秋山智英氏が森林散策による保養を提唱したことが始まりです。森林にはフィトンチッドと呼ばれる成分が漂っていて香りによる清涼効果や生理機能の促進など優れた効果がある、それを浴びる「森林浴」を行うことで、健康保養に国内の森林を活用しようと唱えたのです。
きっかけとなった情報は「現代林業」に神山恵三・共立女子大学教授が連載していた「森の不思議」という記事です。「生体にとって有益なフィトンチッドを発散しているということは、山の生気象のもつ重要な要因である。」というフィトンチッドの紹介と、草津温泉のホテルで「フィトンチッドの森」を作り、ハンモックを多数設置し、散歩したり寝転がったりして休息できる場所にした、という内容でした。これらのことがきっかけで、森林浴は健康に良いという認識が広がりました。
(2)フィトンチッドとは
植物を傷つけると、その周囲に存在する細菌などが死滅するという現象を、1930年ごろ、ロシアのボリス・トーキンが発見しました。 植物が何らかの揮発性物質:テルペン類を放出したためにおきる現象であることが分かりました。フィトンは植物、チッドは殺す、という意味から日本語では植物殺菌素と直訳されました。その後の研究で、植物が自らを護るための働きが分かってきました。
・昆虫や動物が葉や枝を食べるとフィトンチッドが発生し、苦みなどを与えて摂食障害を引き起こす
・食べられる前に昆虫、微生物を忌避させる
・害虫の天敵を呼び寄せる
その後の実験などで、フィトンチッドは交感神経、副交感神経に働き、ストレスの低減、免疫機能の活性化に効果があること、などが分かってきました。
(3)森林浴の流行と課題
森林浴の流行が森林散策者を増やしましたが、心身の傷んだところを治すためというよりも、ちょっとした運動、気分転換といった意識でした。というのも、気持ちよさを有意に示す指標はありませんでしたし、フィトンチッドがどのように作用して気持ちが良いのか、フィトンチッド以外の理由は考えられないのか、といった理論面の証明が足りなかったからです。保養の目的意識がなければ効果は限定的でした。
1990年に屋久島で初めて森林浴生理実験が行われ、2004年には農林水産省が森林浴研究プロジェクトを発足させました。その後、データの蓄積が進み、森林医学という予防医学の分野が確立されました。